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獅子神楽



 

1)歴史


上三谷における獅子舞の詳細な歴史については不明。いつ頃から舞っていたのか不明だが、上三谷に現存している“御神楽料”について記された資料が昭和33年10月21日の記載で終わっているため、この頃まで舞われていたものと考えられる。獅子舞は、白山神社の本祭りの際に、渡りに合わせて行われていた(写真5)。

 



 

写真6 御神楽料の帳簿

 

 

2)獅子神楽の概要

 

①獅子神楽の主体
青年団が中心となって獅子神楽を舞う。獅子神楽に要する道具の手入れも青年団の役割。

 

②道具・楽器
獅子神楽には、獅子(獅子頭、油単)の他、太鼓(昭和28年に張り替えたのが最後)、ちゃんちき(お祝い事になるとこれを入れる)、笛(現在は紛失したため無い)、へい(御幣)、鈴、刀などが必要である(写真6,7)。なお、上三谷の獅子は雌獅子で、獅子頭は一刀彫である。
こうした道具の修理は、主体となる青年団が行い、修理費は御神楽料で賄われた。修理する道具の中には非常にお金が掛かるものがあるため、御神楽料は重要なものであった。谷口氏によれば、昭和28年の太鼓の張替えの時に予算が足りなかったため(当時で何万もした)、職人(無山地区)に何度も頼み込んで料金をまけてもらい、片方だけを張り替えたそうである。

 





写真8 楽器および道具:太鼓(左),チャンチキ・刀・幣など(右)
③御神楽料
青年団が獅子舞を舞うときに各家からもらう御神楽料は、獅子神楽に必要な道具の修繕費に当てられる他、青年団員の小旅行などにも使われており、大きな楽しみの1つであったと思われる。

 

④獅子神楽の内容(黒田の場合→言い方は違っても流れは大体同じ)
(ⅰ)チヨ神楽:神様への挨拶
(ⅱ)キヨ神楽:四方を清める
(ⅲ)刀神楽:悪魔祓い
(ⅳ)五段:5方向に、5角形を描く。
(ⅴ)獅子踊り:神楽唄。
(ⅵ)天狗(地域によっては「鼻高」とも言う)
(ⅶ)アラ獅子

 

⑤獅子神楽の練習
上三谷での練習の詳細は今回の調査では不明である。ただし、谷川氏によれば、当時はトウヤの家で毎晩練習しており、練習についても「しなければならない」という意識が根付いていたという。また、獅子神楽の太鼓は口伝えで教えられ、暇さえあれば寝言に出るほど練習をしていたとのことである。
一方、現在でも獅子神楽を行っている黒田の練習概要については次の通りである。練習は9月の最週末から10月の祭り直前まで行われる。10月の中旬までは月・水・金・土の夜から12時くらいまで、10月の第3週目頃からはほぼ毎日行われている。踊りの伝承については、現在は音をCDに録音し、太鼓のリズムを文字にした記録も取っており、それらも利用されている。太鼓の練習については、手やバチなどでひたすら練習をしているとのこと。近所迷惑にならないよう布団をかぶって音を殺して練習したり、本やダンボールをたたいて練習したりしている。

 

 

 

3)獅子神楽の集落の位置づけ
当時の上三谷の若者たちにとって、獅子舞を踊るのは憧れであったという。黒田においても、獅子を舞わせるということは“特別な人間”という意識があり、誰でも回せるわけではないことに対する「誇り」があった。黒田の場合は、そうした気持ちが今日でも上手く回っている。一方、上三谷では、次世代へ伝えていく世代が戦争などにより減少したり、若者がいなくなったり(外へ勤めるなど)して、今日まで上手く引き継いでいくことができなかった。

 

 

4)復活のための課題


獅子神楽の復活に向けて、次の課題が挙げられた。
①人数の確保が可能かどうか
獅子神楽は最低でも4人必要(太鼓1人、獅子舞前後各1人、天狗1人)。通常は5~6人だが、それだけの人数が確保できるかどうか。上三谷区にも候補者は上げられるが、その人たちの賛同が得られることが重要となる。
②再現の可能性
思い出せないパートなどはないか。その場合、別の地区(例えば竜口・黒田)の獅子舞を一部取り入れることが可能かどうか。残せる部分と、補う必要がある部分が出てくるのではないか。
③地元の人たちの同意
神事に関わることなので、地元の人の意識を念入りに確認する必要がある。そうでないと、後々引きずってしまうことがあるため。
④獅子頭の修繕
上三谷の獅子頭は一刀彫で大きく、重たいという特徴がある。現在の獅子頭の状況を見ると、破損箇所があり、年代も経っており老朽化していることから修繕が必要となっている。今後、獅子舞を復活させるにあたっては、“まわす”ことを優先させて、組み木タイプなど、軽くて扱いやすいものを購入してはどうか。→黒田にも一刀彫はあるが、これは渡りには使わず、いずれ修理をするために保存しているという。
(3)伊勢地方・黒田の獅子舞に関する調査結果

伊賀地方および名張市の獅子舞の概要を把握し、黒田の獅子舞の流れ・儀式の内容の詳細を整理し、2011年11月2日の現地調査と合わせて以下のように整理した。

 

 

1:資料調査結果
(1) 伊賀地方の獅子舞1)2)
『かつては伊賀国すべての神社に獅子神楽があったとの伝承が聞かれるほど伊賀では獅子神楽が盛んであり、現在でも伊賀全域、特に旧名賀郡には多くの獅子神楽保存会がそれぞれの獅子舞を継承されている。』これらの獅子舞のうち、『旧国境を越える奈良県大字陀郡に伝わる獅子神楽には、伊勢大神楽の影響が見られ、旧伊賀国には敢国神社の獅子神楽を中心とした独自の獅子神楽文化が発達した』といわれている。

 

1) 敢国神社の獅子舞
①敢国神社
敢国神社は、三重県伊賀市一之宮地区のほぼ中央に鎮座しており、古くから伊賀国一宮と呼ばれ、大彦命(おおびこのみこと:主祭神)、少彦名(すくなびこな:配神)、金山比咩命(かなやまひめのみこと:配神)が祭られている3)。
②敢国神社の獅子神楽。
敢国神社における獅子神楽の起源は定かではないが、古来より敢行神事として当社専属の獅子神楽があり、一次中絶していたのを慶長年間に藩主藤堂高虎により復興されて以来、藩の庇護のもと伊賀の国中を巡業していたようである。しかし、明治42年にこの巡舞も途絶え、一時(昭和3年1月)御大典記念として復興されたものの、戦時中より中絶された状態にある。
現在では、「伊賀一之宮獅子神楽保存会」によって伝統の舞が受け継がれており、昭和29年4月1日には三重県無形民俗文化財に指定されている。
③伊賀一之宮獅子神楽保存会
伊賀一之宮獅子神楽保存会は、一之宮地区の20歳代から70歳代の男性数十名で組織されている。しかし、今日では生活習慣の変化や仕事などの理由により若い世代の参加者が減少し、高齢化が進んでいる。そのため、かつて三頭の獅子を立てていたことがあったそうだが、現在はそれが難しく、一頭ないし二頭が奉納されている。運営費は、神社からの神楽費、地区からの助成金、参拝者らの祝儀などから賄われている。
④奉納舞
獅子神楽は、1月3日の舞始祭、4月17日の舞上祭(春祭り)、12月4・5日のおんまつり(秋季大祭)で奉納される。このうち、1月と4月は神事として、12月のおんまつりは神社から保存会が招致されるものとして区別されている。
⑤獅子舞の演目
広前・四方神楽・五段神楽・剣の舞・獅子踊り・鼻高・小竹の舞・荒獅子・背つぎの計9つの演目があり、全体的にリズミカルでストーリー性のある舞となっている。
⑥獅子舞の特徴
伊賀の隣国である旧伊勢国内に広がる伊勢大神楽では獅子頭そのものが神聖な御神体とされているのに対し、敢国神社の獅子頭は極端に神聖視されず、あくまで舞を踊る道具と捉えられている。つまり、舞を神に奉納する芸能的要素が強い形態をとっている。

 

 

2) 各地の獅子神楽と名張の獅子神楽
かつては伊賀国の全ての村で獅子舞が舞わされていたと言われる獅子舞は、現在でも伊賀全域、特に旧那賀郡に多く継承されている。
名張市内では30余りもの獅子舞が継承されており、これらの獅子舞は、敢国神社の系統に属している資料1)。このことは、古くは敢国神社の専業獅子舞集団が市内まで舞わしに来ていたことに加え、その敢国神社の獅子舞を名張市の人々が習いに言っていたと語る保存会員がいることからも伺える。これだけ多くの獅子舞が伝承された要因には、①敢国神社からの距離が関係していること、②敢国神社の獅子頭に対する神格化の薄いこと、③舞いの芸能的要素が強いことなどが考えられている。
また、これらの獅子舞は、『ほぼすべてが口伝による継承であり、敢国神社の獅子舞構成を逸脱しない範囲ではあるが、近代に入り、地元の青年組織によって一種の娯楽的要素も加味されていく中で、集落間での技法の伝授や創作が頻繁に行われ、獅子の性別が発生し、それぞれの舞やしぐさに理由付けがされ、鳴り物の演奏形態や神楽歌の変更や誤伝などを積み重ねながら、それぞれの村独特の獅子神楽が現在も継承されている。』

(2) 黒田の獅子舞4)
1)黒田の獅子舞の流れ
黒田地区では、毎年11月2、3日に勝手神社の祭礼が行われ、村の獅子神楽が行われている。(なお、結馬地区、井手地区も同様に獅子神楽を行っている。)
獅子神楽は、黒田の各家々をまわり、獅子を舞う「村まわし」と、勝手神社で獅子神楽奉納をおこなう「宮の舞」に大別される。
また、勝手神社の祭礼の流れは下の表の通りである。

 




 

2)村まわし

①日時
11月2日、3日の両日おこなう。
2日:早朝(平成3年度 7時)から宵宮の宴に間に合う時間まで(同 17時30分)。
3日:早朝(同 7時)から黒田全戸を回り終わるまで行う。

②村まわしの順番
厳密には決められていないが、便宜的な順番がある。また、一日目は下黒田、二日目は上黒田という目安があり、黒田をぐるりと円で囲んだように獅子は家々を回る。

③村まわしでの舞
ⅰ)神楽の内容
獅子神楽の行う神楽は以下の通り。
・千代神楽:めでたいという意味。
・清神楽:同じくめでたいとうい意味。
・刀:清めの意味。悪魔祓い。
・獅子踊り:威勢の良い獅子を表現。
・五段:四隅と正面を拝み、五つの方向を清める。
・天狗:獅子と天狗の争いの場面を表現。
・荒獅子:獅子が弱り、死ぬまでを表現。
以上に、初めに「おはらい」、最後に舞い納めの意味の「ふりまわし」を行って完全になる。
村まわしの場合、これらをすべて正式な形で行うのは時間的に無理である。そのため、上記のいくつかを組み合わせた、略式の舞いを行う。略式であっても、使う道具、チョケの登場は宮の舞と同じである。
組み合わせは、家々の祝儀の値段や事情(幸・不幸の有無等)によって分けている。
※平成3年度の例
・千代神楽、刀、ふりまわし
・千代神楽、清神楽、刀、ふりまわし
・千代神楽、清神楽、刀、獅子踊り、ふりまわし
・千代神楽、清神楽、刀、獅子踊り、天狗
・千代神楽、清神楽、刀、獅子踊り、五段、天狗
・千代神楽、清神楽、刀、獅子踊り、五段、天狗、荒獅子

ⅱ)手順
イ)

 



家長に保存会の用意した餅(御共)、お札、御神酒※)を渡す。

 

※)御共は上の宮の当家がついたものを使い、御札は保存会が作成し、勝手神社で御払いを受けたものを使う。また、御神酒に決まりはなく、保存会で用意したものを使う。

ロ)家長から神楽料を受け取る
ハ)獅子が玄関の中に入り「おはらい」をする。
ニ)玄関の前に出て、略式の神楽を行う。
ホ)玄関の前で「ふりまわし」を行う
ⅲ)特例
イ)不幸のあった家の場合:刀から始める。刀で清めるという意味がある。
ロ)新築の家の場合:保存会が特別に用意した御幣で「おはらい」を受ける。獅子が玄関から出てきた時に従来の御幣に持ちかえられ、初めに使った御幣※)は家の人に渡される。

※)この時の御幣は、獅子神楽保存会の人の手によって作られ、祭礼の前のいい日(大安、友引)に勝手神社で、保存会会長の立会いのもと、神主によって御払いを受ける。

ハ)本年度と来年度の当家とゴクヤでは、はじめに千代神楽を舞う。
ニ)その他の主な特例
・留守の場合:お札を置いて踊る。
・時間の指定:現在は、用事がある家は都合の良い時間の指定が可能。
・獅子神楽保存会員の家を舞う場合:普通本人が舞うが、気分的なものらしい。

 



写真 村舞わしの様子

 

 

3)宮の舞までの儀式

①トウヤマイ
下の宮の当屋と上の宮の当屋の家の前で、それぞれ千代神楽の正式なものを舞う。この儀式には、「これからお宮さんに行かせていただきます」という挨拶の意味がこめられている。

②宵宮の宴
上の宮の当屋宅で行われる。神楽保存会の全員が参加する。宴では、神主による獅子の頭の御払いが行われた後、盃を皆で交わし、用意された枝豆を食す。途中、祝い唄が歌われ、しばらく談笑の後、宴の締めとして二回目の祝い唄が歌われる。

③お渡り
イチノチョウチンから勝手神社までいくことを「お渡り」という。
宵宮の宴の後、上の宮の当屋宅から直接イチノチョウチンに向かう。この時、下の宮の当屋や、結馬や井手の獅子とも合流し、勝手神社へ向かう。
獅子の頭は、風呂敷に包み、保存会の係のものが首から下げる。奉納の際に使う提灯や長持ちも同様に、保存会の者が持っていく。

4)宮の舞

①本殿で御払い
神社の本殿まで持ってきた獅子頭は、井手、結馬の獅子頭と一緒に神主による御払いを受け、頭以外の道具は本殿の下で奉納のための準備をする。頭を並べる位置は決まっており、向かって右から結馬、井手、黒田と置く。

②奉納場所と道具の位置
御祓いを終えると、最後の準備ができるまで他の道具と共にムシロの上に置いておく(図)。奉納する場所は毎年、本殿に向かって右回りに変わる。
また、提灯や松明は獅子に位置を知らせる役割があり、置く場所は重要である。

 



図 神楽奉納の位置関係
出展:黒田の民俗‐三重県名張市黒田-

 

③獅子神楽奉納
ⅰ)千代神楽(所要時間7分)
獅子だけで舞う。(獅子は前後二名。すべての舞を通じてそのことは変わらない。) 獅子は右手に鈴、左手に御幣を持っている。村まわしの時よりだいぶゆっくりした動きである。
ⅱ)清神楽(所要時間10分)
獅子だけが舞い、手に持つものも変わらない。途中何度か「そーれ」の掛け声が入る部分がある。これは回りの保存会の人々が掛ける。この神楽は、獅子が座った状態から序々に立ち上がっていくため、特に後ろの人は中腰で動くことが多く、大変である。千代神楽に比べてはげしく、めりはりのきいた舞である。

ⅲ)刀(所要時間5分)
獅子だけで舞う。右手に刃を持つ。この刃は富の舞用と村まわし用でちがう。他の場合も同様であるが、パートの途中で持ち物を換える時は、そばにいる保存会の者が換えてやる。当番は決まっていない。

ⅳ)五段(所要時間13分)
すばやくメンバーが交替する。獅子だけで舞う。持ち物は千代神楽の時と同じである。五段では四隅をまわる時、常に風呂敷が台形になっていることが要求される(図)。また、そこが見せ場となっている。

 



図 五段での台形

 


写真 五段の風景

 

ⅴ)獅子踊り(所要時間15分)
チョケが加わる(平成三年は二人)。獅子は右手はハナ(図)を、左手に御幣を持つ。チョケはハナを持つ(一本の場合もあれば二本持つ場合もある)保存会の者によって神楽歌も歌われる。そのため、獅子踊りはとてもにぎやかである。

 


図 ハナ

 



写真 獅子とチョケ

 

ⅵ)天狗(所要時間48分)
獅子、天狗、チョケが舞う。獅子は何も手にしていない。天狗は右手に扇子(黒地に赤の日の丸)、左手にハナ、帯にササラ(図)を持っている。チョケはハナを持っている。
「天狗」とは、獅子と天狗が争う場面を表現している。一旦は天狗が優勢になるが、最後には獅子が勝つ。天狗が優勢になった時、獅子は一度退場する。獅子のいない間、天狗とチョケは我物顔な様子で舞う。しかし、獅子が戻ってきて力を盛り返してくる。
天狗はこれにササラを鳴らして対抗の意を示すが、逆にササラを奪われてしまう。ササラを獅子が隠し持っているとは知らずに捜し回る天狗と、ササラを鳴らして翻弄

する獅子との掛け合いが見せ場である。両者の目がピタッと合い、天狗はササラを取り返すことができるが、結局敗れ、退場する。獅子の勝利を表現して舞は終わる。

 

 


図 ササラ

 

天狗と獅子

 

我物顔の天狗

 

ⅶ)荒獅子(所要時間30分)
獅子だけで舞う。何も手にしていない。天狗との争いに勝ちはしたものの、力を使い果たした獅子が死に至るまでを表現している。かなり激しく、高低をつけた舞が要求される。最後に体をひねりながら天に昇る姿はたいへんな迫力である。
一気に昇った頭をすとんと落とすが、その頭を回りにいる保存会の人々が下で受けとめる。これで舞が完了する。

 

荒獅子

 


昇天する獅子

 

黒田の獅子神楽は毎年一番長い。黒田の人は、最後までやることに誇りを持っており、井手、結馬の様子を見ては、一番長くなるよう努力しているという。
どこの場合も、自分達の舞が終了すると、後片付けをして帰る。終了に際して特別な儀式はなく、他の終了するのを待つということもない。
獅子頭は風呂敷に包み、最後に頭を受けとめた者が首にかける。ムシロはたたんで社務所の横に置き、長持ちや他の道具はトラックで集議所に運ばれる。

 

引用・参考文献
1)『三重県史 民俗編』(未刊行の原稿より)
2)70名張の獅子舞-数多く残る獅子神楽-,『おきつもの名張 今と昔』,平成16年3月31日刊行,名張市史編さん委員会,名張市役所発行
3)<http://www.aekuni.com/> 敢国神社HP「敢国神社について」
4)伊賀黒田の民俗-三重県名張市黒田-,1993年12月発行,東京女子大学文理学部民俗調査団

 

 



 

 

黒田獅子神楽保存会

 

伊賀地域では、獅子神楽が盛んに舞われます。錦生地区では、伊賀一之宮・敢国神社起源とする獅子神楽が9つの集落に伝承されています。その中でも最大の集落である黒田地区は特に獅子神楽を熱心に継承しています。現在でも黒田勝手神社の秋祭りでは、境内で“宮の舞”を奉納すると共に、各家の前で獅子を舞う“村まわし”がおこなわれており、保存会のメンバーを中心に多くの若者が参加しています。

 

投稿時間 :2012年09月10日(月)04時38分37秒

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