錦生を語る Tell

伝統文化とまちづくりフォーラム

司会:参加いただく方は
赤目の里山を育てる会 代表 伊井野さん
皇學館大學社会福祉学部学部長 櫻井先生
先ほど黒田の獅子舞を見せていただきました、山口さんと
行政から名張市企画財政室地域経営室長の秋永さんです。



フォーラム座談会



伊井野:2部が終わって3部になったら急に聴衆の数が少なくなって若干残念ですが、
3部の方がどっちかというと居てほしいなと思っておりましたが。
赤目の里山を育てる会というのは赤目の里山の保全活動で頑張っているのですが
その中に結構有名な言葉があります。



みんなの少しずつの善意を集めて、残したい自然とか建物を買い取る取組みを
ナショナルトラストといいますが、そのナショナルトラストの取組みの中に
言葉がありまして、「買い取った土地というのは、未来の子供達からの預かり物」
という考え方があります。
ですから未来の子供達に預かったものをそのまま返すということが
とても大切な取組みなんだよということを言うわけです。



これはアフリカの一民族、そういうグループがそういう言葉を残しています。
ナショナルトラストは世界的な取組みなんで日本にも伝わっていますが、
今日の獅子舞やはやし方なんかを聞いていると、まさに私達は
これからの子供達のために預かってるんだろうなと。



そしてこれを未来の子供達にちゃんと返さなければいけないんだろうというふうに、
本当にそう思いました。4分の4拍子とか、



8ビートとか12ビートとかに慣れ親しんでいる私達にとって、囃子方においても、
それから獅子舞にしてもリズム感が取りようがないというところで
新しい新鮮な感じが私はとても嬉しかった。



人間のそれなりの感情を表現するときに、4分の4拍子では
やっぱり表しきれないものがあるんだろうなと。
そういう風なものを、こんな風な形で残していけること自身がとても不思議で、
そうとう長い時間、練習に練習を重ねて、
もちろん楽譜があるわけではないし。



というようなことに今日は改めて感動しました。
それで、櫻井先生にちょっとコメントを頂きたいんですが、
そんな獅子舞をご覧になって改めてどう思われたのかとか、
子供についてというのが今日のテーマになっていますので、
その辺りをちょっとコメントをいただけたらありがたいなと思っています。





フォーラム座談会



櫻井:はい。お話する前に、先ほど最後の方を端所ってしまいましたので、
一つ申し上げたいことがあるのですが、
名張の伝統行事というのを見ておりますと、一つは新春、
いわゆる年の初めの行事というものにちょうど「カギヒキ」というお話をしましたね。
もう一つは秋のお祭りというのが非常に盛んに行われている。
日本のお祭りというのは実は、春祭りと秋祭りという大きなパターンがありまして、
これのどちらかに比重が置かれる傾向があるんですね。





その性格としては、年の初めというのはどちらかといえば
1年無事にあるいはこの1年実り豊かにということで、願いをこめた行事が多くて、
そして秋の方はそのことがほぼ達成されていくので、感謝を込めた行事。
そういう趣旨を持っているということが特徴なんですね。



そこで、皆さま方は1年の始まりというのは「いつ」というふうに思われますか。
今はどこでもカウントダウンをやりますから、1月1日。
時計に合わせて私達生活をしていて、どうしても数えますよね。
ところが伊勢の神宮というところは、旧暦で言いますと9月、現在は10月ですが、
その時に秋の収穫の御祭りというのが1年で一番い大きな行事でして、
これを神嘗正月というんです。





すなわち、神様にお供えをしてから、それから1年がスタートする。
すなわちこれの背景にあるのは、日本の稲作、お米を作ってそして新米から1年を数える。
ちょうどそれが無くなりかける頃を端境期と言いますよね。


すなわち私達の先人たちはそういう端境を非常に緊張した中で過ごしていかれる。
今現在は、端境という言葉自体が私達の世界から失われつつあるわけですね。
そういう点では、名張の方は秋というものが非常に重いなという印象を持ちました。
秋は同時にそうした実りがあるとともに、豊かさが現れる。
今日の獅子舞を拝見しておりますと、先ほど控え室で天狗さんの動きが
非常にエロチックですねと申し上げましたが、実はああした獅子舞にしろ、
天狗さんにしろ、みんな面を被りますね。
面とうのはもっと根源的に言えば、ペルソナというて、パーソナリティの語源になっている。
人間の本質が仮面に現れる、ということになりますと、非常に鼻の長い世界というのは、
豊穣性のシンボルという風にとらえることができる。





すなわち緑豊かで、そして獅子の激しい動きの中に、天狗が登場して、
非常に鼻の長い天狗がこれから勢いをつけていくという、





非常に背景に深い意味を持っているんだろうなと。
あまりそのことを意識してやると舞えませんから、
子供さんたちはむしろ天狗さんや獅子さんというものは非常に怖い存在である。





しかし、一方では、ああした天狗さんの動きや獅子さんの舞いというものが
子供の目から見たら、これはどこの地域でもそうなんですが、
「すごいね」と英雄視できる存在なんですね。
それこそ、テレビの画面の中じゃなくて、身近な中で
「あのお兄ちゃんのように舞いたいね。」と、
ああいう世界に自分たちがやがて関わっていけるんだという、
そういうものが伝統行事の持っていた特徴じゃないかなと思っておるところです。





そうしたことと、先ほど季節をもうしましたが、名張の年中行事を見ますと、
以外と旧暦で実施されているのがあるんです。
例えば“ちまき”作り。山口さんが以前ちまきを作ってくださったとき、
5月5日じゃなかったんです。





なぜかというと、やはり茅(ちがや)等が、ちょうどちまき巻くのに、
育つ頃というのは旧暦のいわば自然に生えてきたその材料を使うことに意味がある。
6月ぐらいに名張市内で鯉のぼりが泳いでいる姿というのがありますね。







そうした旧暦の季節感というのは、非常に自然とマッチしたそういう意味での循環の中で名張の中ではまだおこなっていらっしゃるんです。

 
それを日本全体があくせくと時間を盗まれたような形で動いている中に、
やはり自分達独自の時間帯とそれに沿った世界を保っていらっしゃるところは、
点じゃなくて面として、農耕文化というものが伝わっているんじゃないか。
そういうものが子供達の中に伝わっていけばな、というふうに思いました。

 
そういう点で最初に子供さんに曲を披露していただきましたが、
あの子供さんたちがそうした、基本的には日本を代表するような
文化伝統に直接触れていらっしゃるわけで、そうした伝統に触れた子供さんたちが、
また地域の中で自分達が持っている伝統文化というものと、
それを接合させながら持っていただくというのは、今度にとってすごい大きな意味をもつんじゃないかと思いまして、ちょっと補足をさせていただきます。







伊井野:ありがとうございました。
櫻井先生のお話は非常に分かりやすいお話で助かるんですけれども、
そのあたり山口さんいかがですか。





僕は3ヶ月ぐらいお付き合いをさせていただいて、
保存会の若い人たちがこんなにたくさん熱心にいつも協力をしていただいたり、参加していただいたり、お話をしていただいたり、本当にありがたいなと思っているんですが。





最初に訪れた時に、「新しい人を大事にするグループなんだよ」と
おっしゃった山口さんの言葉がとても印象的で、「ここは上下の関係はないんだ。
上下の関係をすると、こんなに長いこと獅子を守っていくことは
出来ないんじゃないか」と思いました。





だから「初めて来る人を広い心で迎え入れる」という、
そういう想いを皆が持つ中で、こういう伝統文化というのはこれからの時代を引き継げるんじゃないかというようなお話もされましたけれども、保存会のご苦労とかもろもろのお話をしていただけたらありがたいなと思っております。



フォーラム座談会



山口:はい。今日は黒田の保存会、全部で9名でお邪魔させていただいたんですけれども、
メンバーというのは20代から30代、私は40代ですけども。主に構成メンバーとしては20代、30代ですけど。



土曜日の昼間から「こういうことやるんで、来てくれへんやろか」と言って、
10人も集まるというのは非常にありがたい。



決して、みんな暇して「することないから来るわ」というような
付き合いで来てるというような訳ではなくて、さっき太鼓を叩いていた人間は、
トヨタのディーラーで販売員をしていまして、



上司に「地域の伝統行事のために、ちょっと中抜けさせてください」
ということでレポート書いて、昨日「明日の行事の正式名は何ですか」ということで、
夜中に電話がかかってきました。



上司に了解をもらうという、
そこまでしてわざわざ駆けつけてくれたということは、
決してそういうふうな何か見返りがあるかというわけではなくて、
「純粋にやっぱり獅子舞が好き」というか、
「この獅子舞をやっているメンバーですと何かをやっていることが楽しい」ということ。



余談ですけれども、「このあと打ち上げはどうするの」ということで、
急遽打ち上げもほぼ決まりつつあるわけですけれども。





そういうふうに楽しくできるという仲間です。
非常にこの20代、30代、各地域を見渡しても、こういう団結力、
同じ共通のエリアに住んでいる人間が楽しくワイワイできるとういのは
非常に楽しい存在であって、それが四六時中顔を突き合わせていると。



どこかでやりたいことが出てくると大変だろうけども、実際の獅子舞というのは
大体9月の終わりから10月一杯練習をして、11月の頭に御祭りで
獅子舞を舞わして、そのあと旅行で打ち上げをして一年を終わるという、
約2ヶ月弱ぐらいのスパンで回ってるんです。





そこの中で、練習と飲み会をかねたような形で熱く語ったりするというと、
そこの1年のサイクルの中の秋口になるとそういうことが訪れるということは、
それが楽しみになってきて、楽しくやれるということです。





今日のテーマである、子供たちに伝えていきたいというのは、
こういう我々が思っている「楽しさ」。



「獅子舞って楽しいんや」という熱いことを、
自分達の子供達とか若い世代達にも、ぜひ味わっていただきたいという想いが
非常にあるんです。



だから「もうしんどいから大変、やめていこう」とかいう形ですると、
子供達が今度大きくなった時にその楽しみを残してあげられないということがありますので、そういうところで若い世代に楽しさを伝えたい。





今日も一番最初に獅子舞を舞わし始めたときに、真ん中の通路をずっと通って
一番奥まで行きましたけれど、あれも急遽メンバーの方から言われました。



最初は前だけでする予定だったんですけど、
「子供達もたくさんいるし」ということで、
そうすると獅子舞の胴の幕を油単というんですけど、
「もし獅子舞が通ったときに、あれに触ったりすると、きっと子供達は
見ているだけよりも興奮するんじゃないか」、間近まで獅子舞が来ると迫力が違うから、
そういうのを見せてあげようということで急遽パターンを変えてやったんです。

 
そういうふうに子供達を楽しませてあげようという想いで、
常に黒田のメンバーはいろんなことを考えていまして、
それが今の黒田の保存会の結束力につながっているのかなと思います。





エンターテインメントというか、そういう風に子供達を楽しませてあげたい。
そうすると、後々大きくなっても獅子舞に入ってもらいやすいということで、
ひいては保存会の構成を長く続けていくための要素にもなっていくんです。



そういうことを熱心に日頃からいろんなことを考えながら、
それを考えるのは苦ではなくて楽しくやっていきたいということが
常にメンバーの中にはあります。



そういうことが徐々に効果が現れつつあるというか、
確かに黒田でも子供の数は非常に減っていますけども、
そういうところで、そういうことを楽しませてあげたいというのをやること自体が
我々も楽しいということで、そういうことがおそらく将来にわたって
生きてくるんじゃないかと思いつつ頑張っております。







伊井野:ありがとうございました。
私は鳥取県で生まれ育って、35年ほど名張に住んでいます。



市内の皆さんにお会いするとやっぱり申し訳ないような気がします。
『お前の田舎の文化は誰が育てんねん』と言われると、本当に言い訳ができないぐらい
追い詰められたりします。





でも、こういうフォーラムなんかに携わって、
少しでも罪ほろぼしをしているなあという感じがしまして、
私の田舎の若い人たちも頑張ってるんだろうなというような想いがします。





そういうところでいうと、少子高齢化の非常に厳しい中で、
名張の文化行政は限りなく豊かだというふうにななかなか言えないと思いますが、





非常に集落としても獅子舞ができない状態だけではなしに、
限界集落というような言葉もあるようなところも名張の方に出てきつつあるとすると、
伝統文化を子供達に引き継ぐという行政の役割ってますます
高くなってるんじゃないかなと思いますが、地域経営室の室長の秋永さん
いかがでしょうか。





フォーラム座談会



秋永:文化と行政。
私は一番似合わない言葉を一つにくっつけたような言葉だなと思っています。



役所の言い方をすれば、
『文化行政は教育委員会が担ってるんです、うち違うんです。』
ということになってしまうんですけれども。



今日はそういう話ではなしに、伊井野さんからも今話に出ましたけれども、
人口がこれから日本は減っていく中でどんどん子供の数も減っていく。



そうすると本当にこれからの担い手になる子供たちがもっと減っていく。



そういうときに、
「今まででもなかなかそういう地域の伝統文化の担い手というのは少なかったのに、
これからもっと減っていく。



これって大変だよね、
そういう視点を秋永君持ってな」とさっき言われまして、
「すんません」と言ってたんですけれども。



やはり、そういう点から私ども行政というのは
考えていかなければならんのかなと思ってるんです。





ちょっとエピソードを言わせてもらいますと、
名張市は平成15年に〓夢づくり地域予算制度〓というような制度を導入しまして、
今15地域にまちづくりの組織を作っていただいて、
そこに使い道自由な交付金をお渡ししていた。





使い道自由ですので、これを例えば獅子舞の保存に
使っていただいてもいいのかなと思うのですが、
平成15年にちょっとトラブリました。神社の行事そのものに、
市の税金、公金である交付金を使ったケースがちょこっとあったんです。





これは憲法二十条、それから憲法八十九条、信教の自由というものにひっかかるんです。
一つ、神社の行事というのは基本的に宗教の行事になってくる。





ところが日本の田舎の伝統行事というのは
だいたいお寺か神社か、夏のお寺の会式(夏祭り)、それから秋の神社の秋祭り。
その時は、だいたいは獅子舞が踊るというのが多いんですけども。
そういう微妙なところはあるんですが、
「宗教行事に使うと駄目です」と私は言わざるを得なかった。





行政の限界はここにあります。



本当はそういう伝統行事をみんなで守り育てていくことこそが、
まちづくりそのものにつながるんだけれども、



お金の話をしちゃうと、そんなしょうもない話で「それに使ってもらっては駄目です」と、
こういうお話を7、8年前にして、言っている自分が悔しかったんですけれども。





ですから、行政はストレートにそういう伝統行事に支援し難い。
むしろ行政がすべきなのはそのバックグラウンド、
環境をいかに育てていくかということに金も人も使わきゃ駄目だろうと思っています。

 
ですから、今バックグラウンドと言ったのは、
例えば子供達であるし、その地域から「百姓ももうあまりせえへんし、
じゃあ、街へ出ようか」ということを、
「ちょっと待ってね」というような考えを
「自分達の村のいいところをもう一度考えてみようか」と。

 
「もうちょっとこの地域で、他の村の人たちと暮らしていこう」と
そういうことを考えてもらうなり、
「ここに、まだまだいたいな」と思ってもらうような村づくり、
まちづくり、そういうものをサポートさしていただく、これが行政の責務であると、
直接行政がそういうまちづくりであったり伝統行事に金も出すし口も出すなんて
なったらろくなことが起こらないと。

 
行政の人間がこんなことを言ったらいけなんですが、おそらくそういうことになると思います。
私どもの仕事はやはり環境整備というかバックグラウンドのサポートだろうと考えているわけです。







伊井野:ありがとうございました。
今日、みなさん櫻井先生のお話とか、山口さんたちの村まわしの獅子舞などを見ていくと、
キーワードとてしては共同体の連携、連帯ということが明らかになってくるんだろうなというふうに思っています。

 
伝統行事そのものは、もちろん収穫の喜びとか感謝というようなこと、
それから、これからの希望、願いとうようなこと、
それぞれ人間生活のそれぞれの場面で形作ってそれを見たり、聞いたり、
喜び、励まし、明日への活力にするということになるんですが、
今日のお話を聞くと、例えばお灯明の話にしても、むらまわしにしても、
櫻井先生がおっしゃったように、行事が社会的な絆を深めてきた。





そして社会福祉的な要素もある、
つまり、灯明をずっと灯し続けるということは、隣近所に声をかけ、
隣近所が元気でやっているかということを確認する。

 
山口さんに、獅子舞の話を真っ先に聞いたときも同じようなことをおっしゃいました。
村まわしで一軒一軒訪ねていくときに、「ああ、こういう家族で元気にやってる。
おばあちゃん元気なんだ」ということを獅子を舞う中で、
黒田は150軒ぐらいあるとおっしゃっていましたが、
そういうお家を一軒一軒毎年確認をし合いっこしながら共に生きるという
スタンスを持てるというような素晴しさ。



そういう風なところに、もっともっと価値を置いて、
櫻井先生は「いったんそういう伝統行事が消えるということは
そういう社会的なシステムも消えることなんだ」というふうにおっしゃったんですが、



櫻井先生そこらへんをもっと深くお話をしていただければありがたいと思っております。







櫻井:だんだん難しくなってくると、こういう話っていうのは本当に奥深すぎまして、
難しいところなんですが。





よく共同体っていうと戦後日本では、あまりにそこが内側として
非常に結びつきが強く、そして旧習に縛られて自由にならないということから
“共同体の解体”ということが非常に叫ばれましたよね。

 
そうした時代を経て、
今度は日本の共同体的な性格が会社の中で活かされて、
それが世界に誇る共同性を発揮したりするんだ。
というふうにして、共同体そのものの評価というのが
揺れ動いている状況ではあるんですね。





そういう中で言葉としては新しくコミュニティという言葉が登場してくるわけです。
コミュニティというのはむしろ、色んな形で存在しますし、



ヨーロッパのコミュニティという広い概念もありますので
今はそれをもう少し身近な世界として、



地域コミュニティというふうにした呼び方をすることが多いんですね。
そうした地域コミュニティというものを、今福祉の関係で言えば数年前でしたか、



厚労省が新たな絆作りに向けて
どのようにしくみを作ったらよいかということを議論をされている。
そういう議論の中を見たときに、私自身は



「何故もっと地域にいらっしゃる方々から意見をおっしゃらない」。



「私達こういう形でやってますよ」その選択に対して、私達がそれを展開するような施策をうってくれ、あるいは施策をすべきじゃないか。
上で「こういうふうに考えて、これをやんなさい」というようなことで、果たして地域コミュニティというのは生きつづけるんだろうかという疑問がありました。

 
そういう中でしかしながら、今、福祉というのは地域福祉の時代と言うことで様々な課題を持ち、あるいは課題が発生することを地域で受け止めて、そして地域の中で主体的に皆が共生していくということの必要性が言われておりますから、





その中にこうした伝統的な人と人との関係、そしてこうした共通の価値観、共通の楽しさというもの、〓持っているものを〓再発見して、それを現代社会の中でもう一度活かしていく取組みというのが本当に大事だろうというふうに、思うところです。









伊井野:山口さんはいかがでしょうか。

 
山口:そうですね、「地域の中で生きていく」というか、私は黒田に住んでいますけども、
黒田でおそらくこのまま死ぬまで黒田にいるんじゃないかなと思っていますけども、



そういう中である意味打算的に考えると、村の中で生きていく為にはやはり村に溶け込んでいかないといけない。



昔の言葉で言う、「村八分になってはならない」という言葉があります。



いい意味で言っとくと、「地域共同体というのは大きな家族である」ということで、獅子舞の場合は、先ほどもおっしゃられておりましたけれども、企業さんなどのお店を除くと毎年百十数件(家が)ありまして、そこを一軒一軒もれなくまわしていきます。





そういう中で獅子舞をまわしにいくと、ご祝儀をいただく。
ご祝儀をわざわざ頂いた方のお家のお宅の名前がわからなくては、失礼に当たりますので、
やっぱり「どこどこの、だれだれから、祝儀をいただきました」ということでノートに付けていくんです。そうすると、自然と百十数件の家の名前というのはほぼ覚えていくんですね。





やっぱり「同じ村の地域の各家の名前、苗字だけでも全部を呼べるか」というと、
なかなか記憶されて無いんじゃないかなと思いますけども、それが自然的に入っていくというのはそういう所から記憶がされていくと。





我々もそういう形でお邪魔をしていくということは、相手にもそれを認知していただけるということです。
見慣れない顔の人が獅子舞に入って来て、若い子が入ってきて初めて回っていくと、
大体聞かれるのが「あんた、どこの子?」ということで聞かれますので、
「だれだれの息子と、だれだれの孫」とかとか言うと「ああそうか、もうこんね大きなったんか。獅子舞やってくれて、ありがとうな」とかいうことで会話が成立して、そこで初めて若者が世代を離れた高齢者の方とか年輩の方から認知をされる。



「あそこの子が、こんねもう大きなったんやな」ということが認知をされますし、
我々も「ここのおばちゃんも、こういう方やな」そこで杖ついてたりとか足をちょっと引きずってたりしたら
「ここのおばちゃんちょっと足悪いんかな」とかいうことで、そういうのを認知していくんですね。



一年に一回のことですけど、しかしそういうことを続けていく中で、各村の中で個別のお家が、
親戚とか特に親しくしている以外の地域の人たちも、満遍なく認知していくというのは非常に大事なことです。
黒田の場合は、獅子舞に入りまして、今現在は獅子舞をやりながら消防団とかに入ってくれている子が何人かいますけれども、
消防団というのは各地域にありますけども、いざという時の災害時に活躍していただくんですけれども、
そういう時に役立つというか、「ああ、ここのおばあちゃんは、ちょっと足が悪かったな」とか、
「ここのお宅はここが寝室だから、もしいなければここを探してくれ」ということがわかってくるというのは、やっぱり村まわしのおかげかなと思うんですね。
団地の方で、例えが良いかわかりませんけど、
「どこどこのだれだれが行方不明になった」ということがあっても「どこの誰といっても、
写真みても良く分からない」ということになるでしょうけども、おそらく、
黒田の人は「誰」といわれれば大体の顔は思い浮かべられるんじゃないかと思います。



また、違うところでそういう人を見かけると声をかけられるということもあるんです。
いざというときに、何か窮地にたったときに、何か助けていただけるというのは、
日頃からのそういう結びつきが積み重なってできるものだと考えてます。
やはり、1年とか2年で、また強制的にやられたものでは、おそらく成立しない。
脈々と続いていく中でそういうのが培われていくんだろうなと。





逆に、難しいところはプライバシーの問題ですね。
田舎ちゅうのはやっぱりプライバシーが無いということですね。
「どこで寝ている」とかいうことを、よく知ってますのでね。
しかし、それも親しくなればそのプライバシーというのもそんなに苦にはならない。
一線は越えてはならないところがあるかと思いますけれども、それも楽しくできる間柄になればいいんじゃないかなと思いますね。





そういう中では、村まわしというのは、結果的にですけれどもそういう風になっているというのか、一つの有効手段としてよく出来たシステム。



おそらくそういうシステムを意図して作られたんではないでしょうけど、
結果としてそういうものが上手くはたらいているんじゃないかなと思います。







伊井野:なるほど。非常に面白いお話です。
秋永さんにはちょっと質問の内容をちょっと変えてみたいと思います。
今日のテーマに、子供達の未来に伝えると言うことなんですが、地域経営室はNPOやボランティアの所轄の部署なんですけども、広い意味で言うと、黒田の獅子神楽保存会のみなさんもボランティア、NPOという内容に属するだろうと思いますが、尾本先生たちのグループもその一つだといえばそうですが。
名張市内で伝統行事、伝統文化を育てているグループホームがどのぐらい活躍されているかご承知ですか?

 
秋永:ごめんなさい。ご承知ではありません。



伊井野:(笑)。何か例があれば。



秋永:私も学生時代は文化的な活動とかサークルというのは入っていたことがありますし、
見聞きもしたのですが、


今はむしろ高齢者の配色サービスであったり、それから元気かどうかを訪ねるような、そういう風な活動というのは多いのですが、あんまり文化面での、それこそ残そうとか、続けていこうというような活動をするサークルは、もちろんあるのですが、あんまり聞こえてこないというのが…。





私のアンテナが低いのかもしれませんけども。





伊井野:ここに名張普及センターの担当の吉田さんがいますが、吉田さん、伝統文化を担っているNPOとかボランティアって頭に浮かびます?名張音頭を育てる会とかという会はありますね。





吉田:そうでうね、やっぱり名張りという地域。



これから育てていかないといけないんじゃないかなと。
そうところをしていかないといけないんじゃないかなと。







伊井野:桜井先生の学生さんは、何かやってるかもしれませんけども。
先生、皇學館大學の学生さんは、そんな取組みをやってますか?

 
櫻井:こちらの方は福祉関係の学生さんが多いので、さきほど秋永さんがおっしゃっていたような福祉関係の活動というのが多いのですが。

 
一つ面白いのは、これはまあ、ちょっと課題はあるかもしれませんが、例えばこれは私自身もちょっと迷うんですが、“よさこい”というのがありますよね。

 
あれはちょっと全国的に広がりすぎているんですが。あの中でも、今度は一方で地域ごとのバリエーションを必ず持たすんですね。

 
だからその中に、地域の特色を持ったよさこいみたいなのが生まれている状況はあります。ただ、私自身はこの活動というものが、今ここで議論をしている伝統性というものとはちょっと違うかなという風には思います。

 
ただ、伊勢の方はやはり文学系の学生さんが多いものですから、
もちろん地元の能、狂言、がございますし。

そういうものとか、それから舞楽ってお分かりになります?名張では舞楽をなさいますよね。
ああいうふうなもの、それから茶道とかそういうふうなもの、そういう意味での大きな日本全体に関わる伝統性、これは“グレートトラディション”というふうに言うんですが、それに対して地域ごとにある“スモールトラディション”、



この領域というものが、今地域の方々によって担われているもので、それを学生がもう一度一緒にというところは、まだこれからの課題だろうというふうに思います。







伊井野:なるほど。そういえば“春を呼ぶ会”さんという会があって、もう松明新調の時期で11日でしたかね?

 
山口:はい。

 
伊井野:11日に今募集していますが、ああいう取組みも儀式としての伝統行事の一環を守ろうとしているといことなんですが、名張は総じて若い人達に引き継ぐ、若い人たち、そういう拠点がまだまだ少ないのかなという感じはするんですけども。
今日はこのあと会場が別の団体に使われるということで「時間的に厳守しなさい」というふうに言われて、あと5,6分くらいしかないんですけれども。

 
3名の方には、この7、8月からずっと関わっていただいて、53年ぶりに獅子舞が舞ったということもあり、来年も同じような取組みを方向性を変えて取り組もうと思っているのですが、3人の方に名張、特に赤目錦生地区の獅子舞を初めとした、秋葉山の信仰とかについて、一言だけご意見をいただいて取りまとめようかなと思っておりますが、先生の方からお願いできますでしょうか。

 
櫻井:はい、こうした活動というのは、まずスタートをしていったばかりのことですから、
一つは「これがどういう風に継続されていくか、そのために多くの方々が巻き込まれていくような仕組み」というものが必要になってくるだろうと思います。また、ぜひこうした活動に対して、目を向けていただければなと思うところです。

 
その時に、私なんかは時おりこちらへ寄せていただくだけで申し訳ないのですが、山口さんがおっしゃっていたように楽しんでやるんだという、そういう気運を、地域にいらっしゃるみんなで持って行きたいなと、そういうことがこの活動をさらに展開させていけるんじゃないかなというふうに思っております。

 
山口:昨年の夏頃、私の職場に来ていただいて「こういうことをやりたい」「ぜひ協力を願えないか」ということで、「もうよろこんで」ということでさせてもらっております。まず、私が勤めております市役所で私がやっている仕事というのは市史編纂ということで名張の歴史を調べ、それを記録していくという部署におります。

 
特に伝統行事、これから人口がどんどん減っていく中でこういうことがだんだん難しくなってきているということは、全体的におそらくそうだろうと思いますし、消えていく伝統行事というのがますます多くなってくるということです。




そういう中で、仕事上の立場としては、できるだけそういうものを正確に記録していく。
おそらく継続していくということは、人的なもの、金銭的なもの、いろんな要因によって消えていくのがやむをえないものが多いと思います。

 
そんな中でもなんとかして正確な記録を残していくということが一つの職務としては課題としてあると思います。
それは、今給料を貰っている市役所としてということと、もう一つは未来の子供たちにとっての財産になることを今残してやらないと、未来の人たちは雲を掴むような話に(なってしまう)。



今上三谷には七十以上の方しか過去の獅子舞って実際にやったことがないんですけども、
その方からの記録を取っておかないと、おそらく今度消えたらもう上三谷で引き継がれてきた獅子舞というのは、状況が変わって未来にもしまた獅子舞をやりたいというような方が出ても、なんとなくそれに近い獅子舞というのはおそらくまわせるんだろうけど、本当の上三谷の獅子舞というのは永久的に消えてしまう。



今回良いチャンスとうこともありまして、そういう記録を取るということ。
もし、状況が好転して誰か次ぎに獅子舞をやるときにその資料を見て、復活が容易に出来るようなことができればいいかなと思います。

 
秋永:私は仕事柄、名張市の全域、15の地域を全て見ているわけなんですが、名張駅を中心とする旧名張町市街地、それから黒田やクモハラといった農山村部、そして新興住宅地、つつじヶ丘、百合丘といった住宅地、それぞれを見ているんですが、一番よく聞くのは、やはりそこの代表者の方「うちはそういう自然資源にしても、文化的な資源にしても何にもないからな」と、こういうことをよく聞きます。





例えば「ミハタはええなあ」と、「ウマジ学区をはじめとする、ミハタ古墳群。
能楽観阿弥の地と言われる地がある。





「ミハタさんええな」とこういう話がよくでるんですが。
そうじゃないだろうと。「ええな」と言うてる人の田舎には、
秋祭りで本当に獅子舞がまわってるんですよ。

 
だから、“隣の芝生が青い”ということでもないんでしょうが、
なかなか自分のところが持っている資源というのは気がつかない。

 
また、見ててもそれがそういう資源なのだということになかなか
気がつかないというのが多いと思います。



それは決して伝統文化だけが文化じゃない。例えばカケダイというのを皆さんご存知でしょうか?無い家も多いでしょうが、お家の中に神社の小さいのをして、そこに魚のタイと、注連縄じゃないんだけども縄をくくって、そういう風習がこのへんの田舎にはあるのですが、実はこれが千差万別。





そのカケダイを見ればいったいどのような文化圏なのかということが、そこの家のルーツまで分かる。





残念ながら、亡くなったんですが、それを調べていた方が私の知り合いにいるんです。
それだけでも十分残していくべき文化であろうと思います。



例えば子どもで言うなら、最近少なくなりましたがこの辺ではのノコギリクワガタのことをなんと言うんですか?

 
山口:ノコギリはノコギリです。

 
秋永:ミヤマクワガタのことは?

 
山口:ミヤマですね。

 
秋永:あまり言わないようですね。
私はクベツのフノウの人間ですが、私が小さいときにはノコギリクワガタのことを、“マンガ”といいました。ミヤマクワガタのことを“サラカ”とこう言うたんですが。



カブトムシはだいたいカブトムシなんですが、日本全国ね。



このクワガタムシというのは日本全国で本当に千差万別の呼び名があります。
それを僕も小さいときに、ちょっと大きい先輩の子供からそういうのを教えられた。

 
「マンガは夜の方がとりやすいぞ」とか、「サラカはどういう木の方にたくさんいる」と。
そういうふうな情報というか、言えば文化といってもいいと思うんですが、そういうことをまさに口伝えに教えられてきた。

 
それを私の子供に伝えようとしても殆どスギとヒノキになってしまって、なかなか伝えられない。
だからそういうことを嫌でも考えますよね。



荒れたスギヒノキの人工林をやはり里山に戻していくにはどうしたらいいんだろう。
実は私の夢は、自分とこの山もスギヒノキになってるんですが、もう一度私が小さいときに、マンガやサラカ…。

 
私は朝5時ごろ起きて、7時ごろ家に帰ってきたらバケツにいっぱいカブトムシやクワガタを捕って帰ってきてましたんで、そういう風な里山を戻したいなというのが想いの中にあるんです。





それを何故自分がそういうことをしたいかというためには、そういうかつてあったこと、
かつてその地域が持っていた文化というか、資源を、その地域や地域外の人たちに伝えていく必要がある。
そういう努力と言うのはやはり、惜しんじゃいけないし、そこに行政もどのような形で支援ができるのか、まだこれから考えなきゃならないところだと思っています。

 
伊井野:ありがとうございました。残念ながら時間になりました。
少し過ぎてますが、楽しい取組みで多くの人たちを巻き込んで、こういう伝統行事を進めて行きましょうと言うこと、それから正確な記録を残して、今だめでもまた復活できる可能性を残しておくべきだろう。

 
それから地域の資源にもう一度目を向けて、自分達が住んでいるところは素晴しいんだ。
そういう風なことを再確認できたんだろうなと思います。





錦生地区、特に赤目の里山の周辺の田畑には、世界で一番小さなトンボが飛んでいるのを皆さんご存知でしょうか。

 
それが、もう結構絶滅っぽいです。赤目の里山のみなさんは頑張って残そう残そうとして草刈したり、溜め水を作ったりしています。

 
生き物はその場所でいなくなったら、もう移入するといってもなかなか難しいものです。
世界一小さいトンボはハッチョウトンボと言うんですが、そういうトンボが飛んでいるということに、僕達はとても大きな誇りと、豊かさを感じているんですが、そういう情報を発信しながら、
やっぱりこの錦生地区を皆さんとともによりよくしていき、子供達にそういう地域を引き継いでいきたいなと、そんなふうに私達は思っていますし、今後ともみなさんと共に、より良い伝統文化と地域環境を作って行くために頑張っていきたいと思います。





本日は本当にお忙しい中来ていただき、ありがとうございました。



それからパネラーの皆さんも、本当にありがとうございました。
それでは、これにて終了いたします。本日はどうもありがとうございました。

投稿時間 :2012年09月11日(火)05時25分45秒

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